26『一撃で決める!』



 あなたは十分に強い。
 しかしあなたは弱い。
 何故なのかあなたは考えた事はありますか?

 あなたは自分が弱いと思っている。
 あなたは自分を疑っている。
 あなたは自分が出来ないと思っている。
 そしてあなたは自分で自分を限っている。
 だから、あなたは弱い。

 しかしあなたは強いのです。自分が思っているよりもずっと。
 だから自分を信じなさい。
 自分なら出来ると信じなさい。
 自分の作った見せ掛けの壁を撃ち破りなさい。

 しかし、だからといって出来ない事を出来ると信じないで下さい。
 自分の本当の限界を知り、その限界の分だけ自分を信じる事が大切なのです。



 無所属参加のリク=エールと、カンファータ魔導騎士団NO.2のジェシカ=ランスリアの対戦の掛け率は予想通りジェシカがやや有利と見るものだったが、意外に拮抗していた。
 それもこれも前日にノーマークだったカーエス=ルジュリスが大本命のデュラス=アーサーを、そしてフリー参加の魔導士が前回優勝者のシノン=タークスを打ち破り、大穴勝ちが続いているからに他ならない。
 この大会はもう誰が優勝してもおかしくない。観客たちはそう思い始めているのだ。

 リクは観客たちが見守る中バトルフィールド内に入場すると、大会前日式典が行われた砂丘の頂上に向かう。
 ふと顔を上げて見上げると、そこには既にジェシカが待っていた。

「待たせてすまねーな」
「謝罪には及ばない。私が早めに来ていただけの話だ」と、丘の頂上からジェシカはリクを見下ろして言った。

 リクが丘の頂に到着し、二人は、しばしの間、お互いの眼を見つめあった。

「俺がどうやって勝つか言ったっけ? ジェシカ=ランスリア」
「確か貴様は私に対して楽勝する、などとふざけた事を言っていたな。リク=エール」と、ジェシカが答えると、リクは顎に手をやり少し考え込むような仕種をみせた。

「どうかしたのか?」
「いや楽勝するったって、結構基準がいい加減だろ? だから楽勝の条件を決めておこうと思ってな」

 その言葉にジェシカの雰囲気が変わる。静かな水面に木の葉が落ちて波紋が広がる時のように、何かが微かに動き、そして広がる。

「……で?」
「おう、楽勝だと決める条件はな……先ず、ノーダメージ。これは当然だな。時間も制限しとこうか?」と、リクはニカッと笑ってポンと手品のように掌に大きなボールを出現させてみせる。「これを魔法で上空にぶっ飛ばす。これが地面につくまでだ。大体三分ってトコだな」

「よし、分かった」
「まぁ待て、最後の一つが肝心なんだ」と、リクはジェシカが身を翻して距離をとろうとするのを制した。
 彼女は後ろを向いたまま、肩ごしにリクを睨みつける。リクはそれに怯む事はなく、さっきまでの笑顔を忘れさせるような真剣な面持ちで最後の条件を告げた。

「……一撃で決める!」

 ジェシカはリクに向き直った。
「今、何と言った?」
「一撃で勝負を決める! ……ジルヴァルトがシノンを倒した時も一撃だった。だからアイツより強いと証明するにも、一撃で決める必要がある」

 言い切ったリクに、ジェシカはしばらくリクを睨み付けると、今度こそ身を翻してリクと少し距離をとる。

「……分かった。もしそれが出来なければ、私はお前を認めない」
「よし。じゃ始めるか」と、リクはボールを丘の頂上に置くと魔法を詠唱し始めた。

「大地に根付くもの、大空へと《打ち上げ》ん!」

 唱え終わると同時にボールは上空の見えないところまで一気に飛び上がった。
 その瞬間、リクから少し離れていたジェシカは、何か呪文を唱え、そしていきなり姿を消す。
 リクは反射的に《瞬く鎧》を張る。
 すると、その障壁に突き出されたジェシカの槍がぶつかり、《電光石火》で姿が見えなくなっていたジェシカの姿が現れる。

「あっぶねー……」

 引き攣った笑みを浮かべるリクに、ジェシカは不適な笑いを浮かべてみせる。

「成程、ノーダメージ宣言は単なる口から出任せではなさそうだ。しかし、これは避けられるか!? 《電光石火》によりて我は瞬く速さを得ん!」

 再び《電光石火》を唱えたジェシカはリクの目の前から消える。
 この魔法は、敵との距離を一気に縮める際によく用いられる魔法だが、その逆もまた可能である。

 リクは周りを見回すがジェシカの姿はない。
 この砂丘を模したバトルフィールドでは大きな死角が生まれるのが大きな特徴である。
 ジェシカは《電光石火》で一瞬にしてその砂丘の死角に回りこんだのだ。
 ここからどうする気だ、と考えている内にリクは急にゾクッと背筋に寒気を感じた。

「我が足に宿れ《飛躍》の力!」

 リクが魔法で飛び上がった直後、彼の立っていた丘の頂上の一角が吹き飛んだ。
 吹き飛んだ向こうには槍を突き出したジェシカがいた。おそらく、補助系の魔法で極限にまで高めた一撃だったのだろう。

(それにしてもこの威力にゃ驚いたな……)


 リクがジェシカの放った一撃に驚いている頃、ジェシカもその驚きは隠せないでいた。

(まさか、これがかわされるとは…)

 《強力》に《一時の怪力》を二回唱え、さらに槍が砂丘に当たる瞬間に《衝撃の増幅》という文字どおりの魔法を使用し、まさに極限まで突きの威力を上げた大技“極星突”。
 敵の視界から離れ、死角に回り込み、万全な状態で放ったはずだったが、まさかかわされるとは思いもよらなかった。

(こうしている場合ではないな)と、思い直したジェシカは、空中に飛んでいるリクを見据えた。そして槍を構え、リクに向ける。

「我が手にありし物《射出》せん!」

 その魔法によって、彼女の槍はまるで手持ちのミサイルのように彼女の手を離れ、真直ぐにリクの元へ向かう。
 リクは空中にいる為に体勢を変えられない。それを見越しての一手だ。


 リクには舞い上がる砂のお陰でジェシカの姿が見えなかった。
 するとその砂埃の中から突然槍が飛んで来たものである。
 槍を使って攻撃する事は、ジェシカ自身が槍を持って突かなければならない、という先入観を持っていたリクは、その攻撃に意表を突かれた。しかし反応する時間がない訳ではない。

「我は突かん、槍穂に裁きを宿す《雷の槍》にて!」

 バチバチと紫電を放つ槍状の光がリクの手に収まり、リクはそれを使って飛んでくる槍を受け流す。
 彼の身体を通り過ぎた時点で、いきなり槍が動きを止めた。

「え?」

 リクが目を丸くする間に槍が反転、再びリクに槍穂が向き、またしても向かってくる。その時リクは、槍とジェシカが立っているであろう場所を結ぶ、一筋の光の線が走っている事に気が付いた。
 そしてリクはこれが何なのかを知っていた。

(《操りの糸》だ……!)

 その魔力で具現化した糸をつけたものを自在に操るという魔法である。
 リクが今度は《氷の鎚》を使ってそれを叩き落とし、その《操りの糸》を《風の戦輪》で断ち切る。
 槍はそれこそ糸を失った凧のごとくあらぬ方向へ飛んで行く。
 その着地地点にいきなりジェシカが《電光石火》で姿を表し、その槍をはっしと掴んだ。
 そしてそのまま構える。すると、その槍が光を発し始め、まだ着地までには至っていないリクめがけて思いきり突き出す。

 “流星突”!

 太い光線状の魔力が槍先からリクを目指して伸びた。それは《瞬く鎧》によって難なく防がれたかと思いきや、ジェシカが《衝撃の増幅》を詠唱し、その障壁にいきなりヒビがはいる。
 次の瞬間、障壁は砕かれ、“流星突”の魔力の槍穂がリクを襲う。
 この時、誰もが絶体絶命かと思われたが、身体に当たる寸前、リクの足が地に付き、体勢を変えて、かろうじてそれを避ける。

 一連の攻防が終わり、リクは砂丘の上に降り立ち、麓にいるジェシカを見下ろした。ジェシカもリクを見上げ、二人の目が会う。するとリクは笑って得意そうに胸を反らした。
 そしてリクは胸を張り、腰に手をあてて、わざとらしい高笑いを上げ、ふざけた口調で言った。

「はっはっは! 残念だったな、ジェシカ君! 今まではキミの動きを見極める為に敢えて攻撃を避けて来た」

 そしてリクは丘の上空を指差した。その先には打ち上げたボールが落ちて来ているのが微かに見える。

「だが、察するところ残り一分だ! 私もそろそろ行かせていただこう!」

 言うが早いかリクはジェシカめがけて突進した。

「飛べ、《火の投げ矢》!」

 丘を駆け下りながら、リクは短く魔法を詠唱した。するとその両手に、小さな炎が三つずつ、合計六つの小さな炎が起こり、リクはそれをジェシカ向かって投げる。
 ジェシカはそれを槍の一振りで全て薙ぎ払ってしまった。リクは相変わらず自分に向かって猛然と突進して来ている。

(愚かな……!)

 槍遣いにとって、自分に正面から突っ込んで来てくれる人間ほどやり易い敵はない。
 ジェシカは、槍を構え、魔法を詠唱し始めた。

「猛者たる条件は《強力》、魔力よ、理力の源となりて我を猛者と成せ!」

 ジェシカの全身に力がみなぎる。

「我得るは《一時の怪力》!」

 ジェシカもリクを迎え撃たんと走りはじめる。そしてもう一度唱える。

「我得るは《一時の怪力》!」

 槍をぎりぎりと引き、目指す目標を見据える。
 更に槍に魔力が満ちて光り始めた。

「喰らえ、我が槍技の一つの極み、“彗星突”!」

 技の名を告げると同時にジェシカが槍を突き、さっきの《流星突》とは比べものにならないくらい太い光線が槍先から発射される。
 リクはまともにその光線に貫かれた。その後ろで砂丘にも大きな穴が開き、崩れ落ちる。
 その瞬間、ジェシカは少し残念そうな顔をした。

(やはり私は何も得られなかったか……)

 が、その表情はみるみる驚愕に満ちて行く。
 光線に胸を貫かれて死んだはずのリク=エールが起き上がり、何ごともなかったかのように再び丘を駆け降り始めたのだ。

(……何だ!? どうなっている!? ……いや、今は考えるのはよそう、とにかく迎え撃つ!)

 疑問を胸に抱きながらも、ジェシカは止めを刺そうとリクに向かって一直線に突っ込んだ。
 そして、リクのまだ穴の開いていない腹部に槍を突き刺す。
 この時、ジェシカは初めて事情が読めた。「これは……!?」

「ピンポーン、俺の《身代》だ。ちなみに《火の投げ矢》の時に入れ代わった。あとは《地潜り》で地中に隠れて、あんたも得意な《操りの糸》でこの《身代》を操ってたんだよ」

 その声は背後からした。
 ジェシカが後ろを振り向くと、その足元に上半身砂から身を出し、《炎の矢》を構えているリクがいた。

「チェックメイトだ」

 そして彼は矢を放ち、彼自身が定めた楽勝の条件を全て満たして勝利した。

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